甘草とは|インド・中国・ギリシャをつないだ甘い根
古代インド、中国、ギリシャ。遠く離れた三つの医療文化に、同じような「甘い根」が登場します。日本で甘草、英語でリコリスと呼ばれる、マメ科カンゾウ属の植物です。
甘草は、強い薬草をまとめる脇役として、喉や胃をいたわる素材として、また苦い処方を飲みやすくする甘味として用いられてきました。しかし、その甘さを生む成分は、摂り方によって重大な副作用にもつながります。甘草は、伝統の長さと安全性を同時に考えるための格好の薬草です。
基本情報
- 和名:カンゾウ(甘草)
- 代表的な学名:Glycyrrhiza uralensis Fisch.、Glycyrrhiza glabra L.、Glycyrrhiza inflata Batalin
- 科名:マメ科(Fabaceae)
- 主に用いられてきた部位:根および地下を伸びるストロン(走茎)
- 主な地域:地中海沿岸、西・中央アジア、中国北部など。種によって分布や栽培地域が異なる
日本薬局方で生薬「カンゾウ」とされるのは、ウラルカンゾウ(G. uralensis)またはスペインカンゾウ(G. glabra)の根およびストロンです。欧州医薬品庁の資料では、チョウカカンゾウ(G. inflata)もリコリス根の基原植物に含まれます。
したがって、「甘草」は一つの植物種だけを示す名前ではありません。地域や医療伝統によって使われた種が異なる可能性があり、古代文献の名称を現代の一種へ断定的に結びつけることには注意が必要です。
甘草とはどのような植物か
カンゾウ属は多年生の草本で、地中に太い根と横へ伸びるストロンをつくります。薬用部位を口にすると、砂糖とは少し違う、後に長く残る甘味があります。
属名のGlycyrrhizaは、古代ギリシャ語の「甘い」を表す語と「根」を表す語に由来します。中国名の「甘草」、インドの伝統で使われるヤシュティマドゥも、甘さを意識した名称です。異なる言語圏の人々が、この植物をまず「甘い根」として認識したことが見えてきます。
三つの医療文明に現れた甘い根
古代インド|ヤシュティマドゥ
アーユルヴェーダでは、甘草はヤシュティマドゥなどの名で知られています。「甘い棒」や「甘い茎」を思わせる名称で、根が伝統的な処方に使われてきました。
アーユルヴェーダの薬物観では、味は単なる風味ではなく、身体への働きを考える手がかりです。甘味を持つ甘草は、刺激の強い素材とは異なる位置を与えられ、喉や消化器に関する処方などに組み込まれてきました。ただし、古典における利用法と、現代の臨床効果は分けて考える必要があります。
古代中国|多くの処方をつなぐ甘草
中国では「甘草」の名で、古い本草書に記録されました。後世の中国医学では、甘味を持ち、さまざまな生薬の性質を調和させるものとして、多くの処方に加えられてきました。
ここでいう「調和」は、現代薬理学の一つの作用を意味する言葉ではありません。処方全体の刺激を和らげる、味を整える、複数の素材を組み合わせるといった、伝統的な処方設計上の役割を含みます。主役ではなくても繰り返し登場することが、甘草の特徴です。
古代ギリシャ|スキタイの根からリコリスへ
地中海世界でも、甘い根は早くから知られていました。テオプラストスやディオスコリデスに連なる植物・薬物の伝統では、喉や胸部、渇きなどに関わる素材として記述されています。ギリシャ語に由来する「グリキュリザ」という名は、のちのリコリスという呼び名へつながりました。
ただし、中国やインドで使われた甘草と、地中海世界の甘草が常に同じ種だったとは限りません。三文明を結ぶのは、単一種の世界的流通だけではなく、近縁植物の根に共通する甘さと、それを医療へ取り込んだ人々の観察だったと考えるほうが自然です。
なぜ処方に繰り返し使われたのか
甘草が広い地域で選ばれた理由を、一つだけに決めることはできません。少なくとも、次のような特徴が重なっていたと考えられます。
- 根に強く持続する甘味があり、苦い処方の味を整えやすい
- 乾燥した根を保存し、細かくして他の素材と配合できる
- 喉や消化器に関する伝統的利用が各地に見られる
- 単独だけでなく、複数素材からなる処方へ組み込みやすい
甘味料、薬草、処方の調整役という複数の顔を持っていたため、甘草は「一つの症状に一つの薬」という枠を超えて残ったのでしょう。
甘さを生む成分と現代研究
グリチルリチン
甘草を特徴づける主要成分の一つが、グリチルリチン(グリチルリチン酸)です。サポニンの一種で、甘草特有の強い甘味に関わります。日本薬局方では、生薬カンゾウの品質を確認する指標成分にも用いられています。
甘草にはこのほか、フラボノイド類など多様な成分が含まれます。しかし、含有量は植物種、産地、栽培、加工、抽出法によって変わります。「甘草エキス」と表示された製品が、すべて同じ組成や作用を持つわけではありません。
研究されていることと、まだ分からないこと
甘草については、口内炎、挿管後の喉の痛み、皮膚への外用などを対象とした臨床研究があります。一方、米国国立補完統合衛生センターは、現時点では、いずれかの健康状態に対する使用を明確に支持できるほど質の高い証拠は十分ではないとしています。
研究対象となる製品には、通常の甘草、抽出物、外用剤、うがい液、グリチルリチンを除いたDGLなどがあります。異なる製品の結果を「甘草全体の効果」として一括りにしないことが重要です。
安全上の注意
甘草は、身近な食品や漢方処方にも使われますが、「天然だから安全」とは限りません。グリチルリチンを多量または長期間摂取すると、体内にナトリウムと水分をため、カリウムを失わせる方向に働くことがあります。
その結果、むくみ、血圧上昇、筋力低下、不整脈などを伴う「偽アルドステロン症」が起こる可能性があります。複数の漢方薬、のど飴、健康食品などから、知らないうちに甘草由来成分を重ねて摂取する場合にも注意が必要です。
- 高血圧、心疾患、腎疾患がある人
- カリウム値に影響する薬や副腎皮質ステロイドなどを使用している人
- 妊娠中または授乳中の人
- 甘草を含む複数の医薬品・食品を継続して利用している人
以上に該当する場合や、治療中・服薬中の場合は、自己判断で甘草製品を常用せず、医師や薬剤師へ相談してください。むくみ、脱力感、こむら返り、動悸などの異変がある場合は、使用を中止して医療機関へ相談することが大切です。
植物と製品を見分けるときの注意
「リコリス味」と表示された菓子のすべてに、甘草が使われているとは限りません。海外製品では、似た香味を持つアニス油などで風味づけされたものもあります。反対に、食品、健康食品、生薬、漢方処方の中に、甘草またはグリチルリチンが含まれる場合があります。
植物としての甘草、医薬品として規格化された生薬、食品用抽出物、DGL製品は同じものではありません。記事や研究を読む際は、植物種、使用部位、抽出法、成分量、摂取期間を確認する必要があります。
まとめ
甘草は、インド、中国、ギリシャをはじめ、広い地域の医療文化に現れる「甘い根」です。その価値は、単一の効能だけでなく、味を整え、複数の素材をつなぎ、処方の中へ入り込める性質にありました。
同時に、甘さの中心となるグリチルリチンは、過量・長期摂取によって重大な副作用を起こすことがあります。長く使われてきた歴史を尊重しながら、植物種、製品、用量、安全性を区別して読むこと。それが、現代に甘草を理解するための出発点です。
参考資料
- 厚生労働省「第十八改正日本薬局方」カンゾウ
- 米国国立補完統合衛生センター(NCCIH)「Licorice Root: Usefulness and Safety」
- European Medicines Agency「Liquiritiae radix」
- Fiore et al., “A history of the therapeutic use of liquorice in Europe”

