カモミール|なぜ二つの植物が、同じ「カモミール」と呼ばれるのか

カップの中に浮かぶ、白い舌状花と黄色い中心。乾いた花へ湯を注ぐと、甘く、リンゴを思わせる香りが立ちます。

私たちはそれを「カモミール」と呼びます。けれども、ハーブ売り場や精油のラベルには、ジャーマンカモミールとローマンカモミールという二つの名があります。

これは産地や品種の違いではありません。二つは同じキク科でも、属まで異なる別種です。では、なぜ別の植物が同じ名で呼ばれ、同じ「安眠ハーブ」のイメージまで担うようになったのでしょうか。

この記事の要点

  • ジャーマンカモミールは Matricaria chamomilla、ローマンカモミールは Chamaemelum nobile で、同じキク科でも別属・別種
  • 「カモミール」は分類学上の一種名ではなく、香りや姿の似た植物へ重ねられてきた普通名
  • 日本の公定生薬規格「カミツレ」はジャーマンの頭花を指し、ローマンとは基原が異なる
  • 茶、抽出物、精油では成分の取り出し方と濃度、利用経路が異なり、研究結果を相互に移せない
  • 睡眠研究には一部の主観的指標で改善を示す結果があるが、不眠症を治療できるとの結論には至っていない

基本情報

ジャーマンカモミール

  • 和名・公定名:カミツレ
  • 一般名:ジャーマンカモミール、ドイツカミツレ
  • 受容された学名:Matricaria chamomilla L.
  • 重要な異名:Matricaria recutita L.。欧州医薬品庁(EMA)のモノグラフではこの名を使用
  • 科名:キク科(Asteraceae)
  • 生活型・姿:枝分かれして立ち上がる一年草
  • 主に用いる部位:頭花。乾燥品、茶、抽出物、外用製品、精油など
  • 原産域:マカロネシア、北アフリカ、ユーラシア温帯からインドシナにかけて

ローマンカモミール

  • 和名・一般名:ローマカミツレ、ローマンカモミール、イングリッシュカモミール
  • 受容された学名:Chamaemelum nobile (L.) All.
  • 重要な異名:Anthemis nobilis L.
  • 科名:キク科(Asteraceae)
  • 姿:茎が低く広がる性質があり、カモミール・ローン(香り芝生)にも用いられる
  • 主に用いる部位:頭花。乾燥品、茶、抽出物、香料、精油など
  • 原産域:アゾレス諸島、西ヨーロッパから北西アフリカにかけて

英国王立植物園キューの Plants of the World Online は、Matricaria chamomillaChamaemelum nobile を、それぞれ受容された別種として扱っています。ジャーマンに用いられてきた M. recutita、ローマンに用いられてきた Anthemis nobilis は、文献や製品表示で今も見かける重要な異名です。

二つのカモミールは、どこが違うのか

花だけを見ると、どちらも白い舌状花が黄色い筒状花を囲み、小さなマーガレットのように見えます。しかし、植物全体の育ち方と、花の中心を支える花床には違いがあります。

比べる点ジャーマンローマン
学名Matricaria chamomillaChamaemelum nobile
MatricariaChamaemelum
育ち方枝分かれして立ち上がる低く広がる
花床成熟すると円錐形になり、内部は中空内部は充実している
日本の公定生薬名カミツレカミツレには含まれない
睡眠・不安研究今回確認した臨床研究の中心ジャーマンの結果を移せない

日本薬局方外生薬規格2022は、「カミツレ」を Matricaria chamomilla の頭花と定義し、花床が中空であることを生薬の性状に記しています。したがって、公定生薬名としてのカミツレへローマンカモミールを混ぜることはできません。

ただし、花床を切れば家庭で安全に同定できる、という意味ではありません。「カモミール」と呼ばれる植物はこの二種だけではなく、白と黄色の似た頭花をつけるキク科植物も多くあります。写真や香りだけで採取品を飲用せず、学名と使用部位を確認できる流通品を選ぶことが基本です。

なぜ別種が、同じ「カモミール」になったのか

カモミールという語は、古代ギリシャ語の chamaimēlon にさかのぼり、「地面のリンゴ」を意味すると説明されます。低い場所に育ち、リンゴを思わせる香りをもつことが名の背景です。

この名はラテン語とフランス語を経て、ヨーロッパの諸言語へ入りました。けれども、古い植物名は現代の学名ではありません。白い花、細かく裂けた葉、甘い芳香、茶や薬への利用という共通点のある植物へ、同じ系統の名が重ねられてきました。

リンネが Anthemis nobilisMatricaria chamomilla を記載したのは1753年。現在の Chamaemelum nobile という組み合わせが公表されたのは1785年です。普通名が先に暮らしの中を歩き、後から植物分類が境界線を引いた、と考えると分かりやすいでしょう。

ただし、古代や中世の「chamaimelon」「camomilla」が、ある一つの現代種だけを一貫して指したとは限りません。香りのよいキク科植物を利用してきた歴史はたどれても、古い記述をジャーマンまたはローマンへ機械的に割り当てることはできません。

茶・抽出物・精油は、同じカモミールではない

植物名が同じでも、湯に浸す、溶媒で抽出する、蒸気蒸留するという加工の違いで、取り出される成分と濃度は変わります。さらに、二種の精油は成分構成そのものが異なります。

何を使うか読み分ける点
ハーブティー乾燥頭花を湯に浸した浸出液種、頭花の量、抽出時間、ブレンドの有無で内容が変わる
乾燥・液状抽出物水やエタノールなどで取り出した成分を濃縮研究で用いた抽出比、溶媒、規格化成分、摂取量を確認する
精油主に頭花などを蒸気蒸留した揮発性画分茶とは別物。ジャーマン油とローマン油も同じ組成ではない
外用・口腔用製品抽出物を含むクリーム、洗口液など飲用研究を外用へ、外用研究を飲用へ移さない

ジャーマンの精油で知られる青色は、花に最初から青い液体がたまっているためではありません。蒸留中にマトリシンなどから生じるカマズレンが色へ関わります。一方、ローマンの精油ではアンゲリカ酸エステル類などが主要成分となります。

この違いは「どちらが上か」を決める序列ではありません。茶の研究結果を精油へ、ジャーマンの抽出物研究をローマンへ移せない理由です。香りを吸うことと、成分を口から摂ることの違いは、「香りはなぜ薬になったのか|生姜・陳皮・薄荷・シナモンを比べる」でも整理しています。

欧州の公的評価は、二つをどう分けているのか

EMAは、ジャーマンの頭花を Matricariae flos、ローマンの頭花を Chamomillae romanae flos として、別々のモノグラフで評価しています。

ジャーマンについて認められているのは、長年の使用に基づく「伝統的使用」です。軽い腹部膨満やけいれんなどの消化器症状、かぜ症状の緩和、口や喉の軽い炎症、皮膚・粘膜の刺激や軽い皮膚炎症などが、製剤と利用経路ごとに整理されています。

ローマンのモノグラフはさらに狭く、軽いけいれん性の消化器症状、膨満、鼓腸の対症的な使用を伝統的使用として扱います。二つとも、モノグラフの中心は「不眠」ではありません。

ここでいう伝統的使用は、長年使われてきた製品について、指定された範囲で利用を認める制度上の区分です。十分な臨床試験によって有効性が確立したという意味ではなく、市販のカモミールティーすべてに同じ医薬品表示を認めるものでもありません。

日本では、2026年5月28日更新の厚生労働省「食薬区分における成分本質の取扱いの例示」で、ジャーマンのカミツレ頭花とローマカミツレの頭状花が、いずれも「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない」原材料側に掲載されています。食品として扱える余地を示す区分であり、睡眠や不安への効果が承認されたことを意味しません。

茶、健康茶、煎じ薬、公定生薬の境界については、「薬草茶は、いつから日常の飲み物になったのか|煎じ薬と健康茶の違い」でも詳しく扱っています。

現代研究:「安眠ハーブ」は、どこまで確かめられたのか

寝る前の温かいカモミールティーは、香り、温度、照明を落とした時間、いつものカップという一連の習慣になりえます。けれども、その体験と、不眠症への治療効果を示すことは別です。

2024年の系統的レビュー・メタ解析は、Matricaria chamomilla と睡眠を扱った臨床研究10件、計772人をまとめました。五つの研究を統合すると、主観的な睡眠の質問票であるピッツバーグ睡眠質問票の得点は平均1.88点低下しました。

一方、研究間のばらつきは大きく、統計学的異質性は88.4%でした。睡眠時間、睡眠効率、日中機能では改善が確認されず、製品の純度・力価や盲検が十分に確かめられていない研究もありました。主観的な睡眠の一部に可能性が見えても、「不眠症を治す」「睡眠薬の代わりになる」とは言えません。

2011年の無作為化プラセボ対照パイロット試験では、慢性原発性不眠症の成人34人が、規格化ジャーマンカモミール抽出物270mgを1日2回、28日間摂取しました。しかし、総睡眠時間、睡眠効率、入眠までの時間、夜間覚醒など、主要な睡眠日誌指標に有意差はありませんでした。

反対に、軽度から中等度の全般不安症を対象とした2009年の小規模試験では、ジャーマンの経口抽出物群で、8週間の不安評価尺度がプラセボ群より大きく低下しました。対象は57人で、著者自身も再現研究が必要としています。

睡眠と不安は別の臨床課題であり、特定の抽出物による小規模試験を、家庭の茶やローマンカモミールへ置き換えることはできません。

カモミールの利用上の注意

  • キク科アレルギー:ブタクサ、キク、マリーゴールド、デイジーなどにアレルギーがある人は、カモミールでも反応しやすい可能性があります。まれに重い過敏反応やアナフィラキシーが報告されています。
  • 異常が出たら中止する:口や喉の違和感、じんましん、顔や唇の腫れ、息苦しさ、ふらつきが出た場合は使用を中止します。呼吸困難や意識の変化があれば、直ちに救急対応を求めてください。
  • 服薬中:ワルファリンや肝臓で代謝される薬との相互作用が報告され、鎮静薬との相互作用も理論上懸念されています。根拠は製品や症例により限界がありますが、服薬中に茶や濃縮製品を常用する前には医師・薬剤師へ確認してください。
  • 妊娠・授乳:種と製剤で評価が異なります。EMAはジャーマンの特定の茶製剤には使用歴を認める一方、その他の多くの製剤とローマンでは十分なデータがないとして推奨していません。「カモミールなら一律に安全」と判断せず、産科の医療者へ確認してください。
  • 乳幼児・子ども:成人用の抽出物や精油を自己判断で使わないでください。乳児の夜泣きや疝痛が続く場合は、病気や授乳上の問題を除外する必要があります。
  • 目の周囲:茶や抽出液を洗眼に使わないでください。目の近くで用いると刺激を起こすことがあります。
  • 精油:ハーブティーとは別の濃縮物です。原液を飲んだり、自己流で皮膚へ塗ったりしないでください。皮膚刺激、アレルギー、誤飲、薬との相互作用がありえます。製品表示と専門家の指示に従い、子どもの手の届かない場所へ保管します。
  • 睡眠の危険信号:不眠が長く続く、日中の生活が保てない、大きないびきや呼吸停止がある、脚の強い不快感がある、気分の落ち込みや希死念慮を伴う場合は、茶で様子を見ず医療機関へ相談してください。

よくある質問

ジャーマンとローマンは、品種違いですか?

いいえ。同じキク科ですが、ジャーマンは Matricaria chamomilla、ローマンは Chamaemelum nobile で、属まで異なる別種です。「青じそと赤じそ」のような同種内の品種差ではありません。

カモミールティーには、どちらが使われていますか?

どちらの頭花も茶として流通しますが、日本で「カミツレ」と表示される公定生薬はジャーマンです。ブレンドティーでは種が明記されない場合もあるため、正確に知りたいときは学名を確認してください。

ジャーマンとローマンは、同じように使えますか?

香りのある茶として共通する場面はありますが、薬用製品としては同じではありません。公定規格、EMAの伝統的使用、精油組成、人研究の量が異なります。とくに研究結果は、種、部位、抽出物、利用経路が一致するときだけ読めます。

カモミールティーを飲めば、眠れますか?

温かい茶を飲む習慣がくつろぎの時間になる人はいます。臨床研究では主観的睡眠の一部に改善を示す結果がある一方、睡眠時間や睡眠効率への効果は確認されず、研究間のばらつきも大きい状態です。不眠症の治療効果は確立していません。

カモミールにカフェインはありますか?

純粋なカモミール頭花は、チャノキ Camellia sinensis から作る茶ではなく、通常カフェインを含みません。ただし、市販のブレンドには紅茶、緑茶、マテなどが加わることがあるため、原材料表示を確認してください。

精油を湯へ一滴入れれば、濃いカモミールティーになりますか?

なりません。精油は水に溶けにくい濃縮された揮発性画分で、頭花の浸出液とは別物です。飲用を想定していない精油を湯や水へ落として飲まないでください。

まとめ

ジャーマンカモミールとローマンカモミールは、同じ植物の産地違いでも品種違いでもありません。白と黄色の頭花、細かな葉、リンゴを思わせる芳香という共通点をもちながら、属まで異なる二つの植物です。

「カモミール」という古い普通名は、近代植物分類より先に人々の暮らしを歩きました。そのため、一つの名の下へ、姿と香りと使い方の似た複数の植物が集まりました。

現代では、学名、公定規格、茶、抽出物、精油という境界を引き直せます。睡眠研究の中心はジャーマンで、一部の主観的指標に可能性はあるものの、不眠症を治療できるとは言えません。ローマンへ同じ結論を移すこともできません。

同じ名で呼ばれることは、同じ植物、同じ成分、同じ働きを意味しない。カモミールは、そのことを香り高く教えてくれる薬草です。

参考文献・資料

植物同定・名称

公定規格・制度・伝統的使用

睡眠・不安の現代研究

安全性

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