ローズマリー|「記憶のハーブ」は、どこまで研究で確かめられたのか

肉やじゃがいもを焼くとき、ローズマリーの小枝を一本添える。熱が入ると、針のような葉から樹脂を思わせる鋭い香りが立ち上がります。

この植物は、ヨーロッパで「記憶」や「追憶」の象徴にもなりました。シェイクスピアの『ハムレット』では、オフィーリアがローズマリーを「思い出すこと」と結びつけます。現代では、そこへ香りや成分の研究が重なり、「記憶力を高めるハーブ」「認知症を予防する植物」と紹介されるようになりました。

しかし、記憶を象徴する文化と、認知課題の成績を変える作用は同じ証拠ではありません。さらに、香りをかぐ、乾燥葉を飲む、抽出物を摂る、単離成分を細胞へ加える研究も、それぞれ別のものです。ローズマリーは「記憶のハーブ」と呼べるとしても、どこまで人で確かめられているのでしょうか。

この記事の要点

  • 現在広く受け入れられる学名は Salvia rosmarinus。古い文献や研究では旧名 Rosmarinus officinalis が使われる
  • ローズマリーが記憶や追憶を象徴した歴史と、記憶力への効果を調べる臨床研究は分けて読む必要がある
  • 香り、乾燥葉粉末、ローズマリー水、規格化抽出物では、含まれる成分と利用経路が異なる
  • 健康な人を対象にした小規模・短期の人研究はあるが、認知症の予防や治療を証明したものではない
  • 料理の葉と精油は濃度も使い方も異なり、精油を自己判断で飲用してはならない

基本情報

  • 和名・一般名:ローズマリー、マンネンロウ
  • 現在の受容学名:Salvia rosmarinus Spenn.
  • 重要な異名:Rosmarinus officinalis L.(研究論文や公定書で広く使われる旧学名)
  • 科名:シソ科(Lamiaceae)
  • 生活形:芳香のある常緑低木
  • 原産地域:地中海沿岸
  • 主に利用される部位:生葉・乾燥葉、花を含む地上部から得る精油、各種抽出物
  • 主な利用形態:香辛料、ハーブティー、乾燥葉粉末、食品用抽出物、香料、精油、欧州の伝統生薬製品

英国王立植物園KewのPlants of the World Onlineは、Salvia rosmarinus を受容名とし、Rosmarinus officinalis を異名として扱っています。ローズマリーだけが別属に見えていた古い分類から、セージ類と同じ Salvia 属へ組み替えられたためです。

古い論文や欧州医薬品庁(EMA)の資料に Rosmarinus officinalis と書かれていても、直ちに別の植物を意味するわけではありません。ただし、葉、精油、抽出物まで同じになるわけではなく、学名が一致した後にも使用部位と加工法の確認が必要です。

なぜローズマリーは「記憶」の植物になったのか

ローズマリーと記憶の結びつきは、現代の実験よりはるかに古くから文化の中に現れます。1600年前後に書かれた『ハムレット』第4幕第5場では、オフィーリアがローズマリーを追憶の象徴として手渡します。少なくとも近世イングランドの観客に、この連想が通じるほど共有されていたことが分かります。

学生が試験時にローズマリーの冠や小枝を身につけた、という話も広く伝えられ、Kewの植物資料にも過去の習慣として紹介されています。ただし、よく見かける「古代ギリシャの学生が試験前に髪へ挿した」という細部は、典拠を示さず繰り返されることが多く、時代と地域を一つの逸話へ固めない方が慎重です。

大切なのは、人が忘れたくない場面に植物を添えたことと、その植物が脳機能を改善したことは別だという点です。葬送、婚礼、贈り物、文学で「思い出す印」として使われた歴史は、ローズマリーの文化的な意味を示します。しかし、それだけでは認知機能への薬理作用を示しません。

同じローズマリーでも、研究材料は同じではない

ローズマリー研究が分かりにくくなる最大の理由は、一つの植物名の下に、香り、葉、飲料、抽出物、単離成分が並ぶことです。

研究・製品の形主に含むもの結果を移せない相手
精油の香り1,8-シネオールなど揮発性成分料理の葉、茶、非揮発性成分の抽出物
乾燥葉粉末葉全体の成分。ただし品種・乾燥・粉砕で差がある精油だけを吸う試験、単離成分の試験
ローズマリー水研究製品では抽出物とハイドロラットを含む市販飲料家庭で葉を湯に入れた茶や水
規格化抽出物ロスマリン酸、カルノシン酸などを一定範囲に調整したもの香辛料として少量使う葉、製法の異なるサプリメント
単離成分1,8-シネオール、ロスマリン酸、カルノシン酸など特定の化合物植物全体を人が利用したときの効果と安全性

吸入と経口摂取では、身体へ入る成分も量も異なります。ローズマリーに限らず、香る薬草の研究を読む基本は、「香りはなぜ薬になったのか」で整理しています。

現代研究|人を対象にした試験は、何を示したのか

人研究は存在します。ただし、対象の多くは認知症患者ではなく健康な成人で、期間も一回から数週間です。研究ごとに材料と評価項目が違うため、「複数の研究が全部同じ効果を再現した」とまとめることはできません。

香りの研究|記憶の質は上がったが、速さは低下した

2003年の研究では、健康な成人144人を、ローズマリー精油の香り、ラベンダー精油の香り、香りなしの三群へ無作為に割り付け、コンピューターによる認知課題を行いました。ローズマリー群では、記憶の総合的な質と二次記憶の指標が対照群より良かった一方、記憶処理の速さは対照群より低下しました。

「嗅げば記憶力が上がる」と一方向に要約できない結果です。研究室内で一度行った認知課題であり、学習成績、日常生活の物忘れ、認知症の発症を追跡した研究でもありません。

1,8-シネオールの研究|20人の相関は、治療効果の証明ではない

2012年の研究では、ローズマリー精油を拡散した小部屋で健康な成人20人が計算・視覚情報処理課題を行い、終了時の血中1,8-シネオール濃度を測定しました。血中濃度が高い人ほど、一部課題の速さと正確さが良いという相関が示されました。

ここで比較されたのは、ローズマリーを使った群と無香群の治療成績ではなく、同じ香り環境にいた20人の血中濃度と課題成績の関係です。1,8-シネオールが検出されたことは興味深いものの、この小規模な相関研究だけで原因を確定したり、家庭のディフューザーの量を決めたりすることはできません。

乾燥葉粉末の研究|多ければよい、とはならなかった

平均75歳の高齢者28人を対象にした無作為化二重盲検クロスオーバー試験では、乾燥ローズマリー葉粉末を一度だけ摂り、複数の用量とプラセボを比較しました。最も少ない750mgでは「記憶の速さ」の指標が良くなりましたが、最も多い6000mgでは同じ指標が悪化し、ほかにも一貫しない不利な変化がありました。

これは「少量なら必ず有効」「750mgを毎日摂ればよい」という用量提案ではありません。28人が一回摂取した後の検査であり、長期の認知機能低下を防ぐかは分かりません。むしろ、植物成分は多いほどよいとは限らないことを示す研究です。

飲料と1か月摂取の研究|小さな結果を、家庭の茶へ移さない

2018年には、健康な成人80人が、市販のローズマリー抽出物とハイドロラットを含む「ローズマリー水」250mL、またはミネラルウォーターを一度飲む試験が行われました。複数の認知指標に統計的に有意な小さな好ましい変化があり、認知課題中の脳血流関連指標も変化しました。ただし、この製品は家庭で葉を煮出した茶ではなく、認知症の人を対象にした継続試験でもありません。

同じ年の大学生68人による二重盲検無作為化試験では、ローズマリー500mgを1日2回、1か月摂取した群で、質問票による前向き・回想的記憶、気分、睡眠の指標に改善が報告されました。一方、対象は一大学の学生で、人数は限られ、記憶の評価は自己記入式質問票です。別の年代や、認知機能障害のある人へそのまま一般化はできません。

日本の研究|特定抽出物の事後解析だった

2020年には、疲労を感じる健康な日本人就労男性を対象にした4週間試験の事後解析が報告されました。解析対象は、開始時の気分障害総合得点が中央値より高かった21人で、ローズマリー抽出物群8人と対照群13人を比較しています。気分、活力、睡眠、精神運動速度の一部に群間差が見られました。

しかし、これは試験開始後に対象を絞った小さな事後解析で、研究には食品企業の社員も参加しています。精油吸入による血流改善を調べた研究ではなく、認知症予防の試験でもありません。日本人の研究であることより、どの抽出物を、誰に、どの解析で調べたかを読む必要があります。

細胞・動物研究から、認知症予防まで言えるのか

ローズマリーには、ロスマリン酸、カルノシン酸、カルノソール、1,8-シネオールなど多様な成分があります。抗酸化反応、炎症に関わる経路、アセチルコリンエステラーゼ、神経細胞モデルなどを対象にした基礎研究が数多く報告されています。

2022年の系統的レビューは、ローズマリーの認知機能への影響をまとめていますが、対象は動物研究です。正常動物や障害モデルで認知課題の変化が報告されても、人のアルツハイマー病の発症を防ぐことや、進行を遅らせることを示したわけではありません。

ロスマリン酸はローズマリーだけの成分でもありません。シソ、ミント、レモンバームなど複数のシソ科植物に含まれます。赤紫蘇と青紫蘇の記事でも触れたように、成分名が同じでも、植物、含有量、抽出法、摂取量が違えば同じ臨床結果にはなりません。

したがって、現時点の人研究から言えるのは、健康な人の短時間の認知課題や質問票で、一部の指標が変化した小規模試験があるという範囲です。ローズマリーが認知症を予防する、記憶障害を治療する、脳の老化を遅らせると結論する段階ではありません。

伝統生薬としての評価も、「記憶」とは別だった

EMAはローズマリー葉を、乾燥葉を用いる伝統生薬として評価しています。現在の公開資料で挙げられるのは、口から用いる場合の消化不良や軽い消化管のけいれん性症状、入浴剤として用いる場合の軽い筋肉・関節痛や末梢循環の不調です。

これらは、長年の使用実績に基づく「伝統的使用」の評価であり、十分な臨床試験による有効性の確立を意味しません。また、記憶力向上や認知症予防は、このEMA評価の適応ではありません。

日本では、2026年6月に訂正された厚生労働省の食薬区分例示で、マンネンロウ(ローズマリー)の葉は、医薬品的な効能効果を標榜しない限り医薬品と判断しない側に置かれています。これは食品原料として扱い得るという行政上の区分で、記憶力への効果や長期摂取の安全性を国が承認したという意味ではありません。

また、食品添加物の「ローズマリー抽出物」は、葉または花から得た成分を食品の酸化防止に用いるものです。食品が酸化しにくくなることと、それを食べた人の脳で「抗酸化作用」が起こり、認知症を防ぐことは別の話です。

利用上の注意

料理の葉、葉の医薬品、精油を分ける

料理で香辛料として少量使う葉と、乾燥葉の医薬品、濃縮抽出物、精油では、成分量と使い方が異なります。「食べられる植物だから精油も飲める」と考えてはいけません。

Kewの植物安全情報は、ローズマリー精油を内服すると、けいれんを含む重い有害作用が起こり得ること、外用では皮膚を刺激し得ることを挙げています。精油を自己判断で飲用せず、原液を皮膚や粘膜へ直接つけず、製品に表示された用途と希釈法に従ってください。香りで頭痛、咳、吐き気、息苦しさなどが出る場合は使用を中止してください。

妊娠・授乳中、小児、胆道・肝疾患がある場合

EMAのローズマリー葉医薬品の資料では、12歳未満、妊娠・授乳中、胆管閉塞、胆嚢炎、胆石、肝疾患がある人には使用しないとされています。これは欧州で評価された特定のローズマリー葉医薬品の注意で、料理に香りづけとして使う少量の葉まで一律に禁止する記述ではありません。

精油やサプリメント、濃縮抽出物を妊娠・授乳中や小児に用いる場合は、料理の使用歴から安全性を推定せず、使用を避けるか医師・薬剤師へ相談してください。

相互作用を、根拠なく増やさない

EMAの現在の一般向け資料では、評価時点でローズマリー葉医薬品と他の薬との相互作用は文献に記載されていないと説明されています。したがって、「ローズマリーは抗凝固薬や降圧薬と必ず相互作用する」と一律に断定する根拠にはなりません。

ただし、相互作用の報告がないことは、あらゆる精油・抽出物・複合サプリメントの安全性が証明されたという意味でもありません。服薬中に濃縮製品を始める場合は、商品名、成分量、利用目的を医師・薬剤師へ伝えて確認してください。

物忘れを、香りだけで様子見しない

物忘れが急に増えた、日時や場所が分からない、会話や家事に支障が出る、性格や行動が変わった、急な混乱がある場合は、ローズマリーで対処を続けず医療機関へ相談してください。急な意識の変化、片側の麻痺、ろれつが回らない、激しい頭痛などは緊急の評価が必要です。

よくある質問

ローズマリーの香りを嗅ぐと、記憶力は上がりますか?

健康な人の短時間の認知課題で、一部の記憶指標が良くなった研究はあります。しかし、速さが低下した指標もあり、研究室での一回の結果です。勉強の成績向上や日常の物忘れ改善、認知症予防を保証するものではありません。

ローズマリーティーを飲めば、認知症を予防できますか?

その根拠は確認されていません。人研究で使われた乾燥葉粉末、市販の抽出物・ハイドロラット入り飲料、規格化抽出物は、家庭のハーブティーと同じではありません。茶を飲み物として楽しむことと、病気の予防・治療は分けて考えてください。

ロスマリン酸が入っているなら、脳に良いのではありませんか?

ロスマリン酸には細胞・動物研究がありますが、成分を含むことだけで人の認知症予防は証明できません。ロスマリン酸はシソやミントなどにも含まれ、植物ごと、製品ごとに量と組成が違います。

料理用ローズマリーと精油は同じものですか?

原料植物は同じでも、精油は揮発性成分を濃縮した別の材料です。葉には精油へ十分移らない成分もあります。料理の葉と同じ感覚で精油を飲んだり、原液を皮膚へ塗ったりしないでください。

薬を飲んでいると、ローズマリーは使えませんか?

料理の少量使用まで一律に避ける根拠はありません。EMAはローズマリー葉医薬品について、評価時点で相互作用は報告されていないとしています。ただし、精油、濃縮抽出物、複合サプリメントは別です。服薬中に継続使用するなら、製品表示を持って医師・薬剤師へ相談してください。

まとめ

ローズマリーは、記憶を象徴する植物として長く残ってきました。『ハムレット』の一場面は、少なくとも近世ヨーロッパで、ローズマリーと追憶の結びつきが共有されていたことを伝えます。

現代研究も、この古い連想をまったくの空白にはしていません。香り、乾燥葉粉末、ローズマリー水、抽出物を用いた小規模な人研究で、記憶や認知課題の一部に変化が報告されています。しかし、効果は一方向ではなく、対象、材料、期間、評価法も揃っていません。

したがって、ローズマリーを「記憶のハーブ」と呼ぶなら、その意味を二つに分ける必要があります。一つは、人が忘れたくない場面へ添えてきた文化の記憶。もう一つは、健康な人の短期課題で検討が始まった研究上の記憶です。後者は、まだ認知症の予防や治療を語れる段階ではありません。

参考文献・資料

植物・制度・安全性

歴史・文化

人を対象にした研究

基礎・動物研究の整理

本記事は、植物・食文化・研究に関する一般的な情報を提供するもので、診断や治療を目的とするものではありません。物忘れや認知機能の変化がある場合、治療中の場合、妊娠・授乳中の場合は、医師・薬剤師などの専門家に相談してください。

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