乳酸とサルコペニア|肝臓と筋肉の連携から見えた筋力低下の新しい仕組み
椅子から立つのが少し大変になった。以前のように荷物を持てなくなった。筋力の衰えを考えるとき、私たちはまず、脚や腕の筋肉に目を向けます。
では、筋肉の外では何が起きているのでしょうか。
2026年の研究は、肝臓と筋肉の乳酸代謝の連携に着目しました。マウスで仕組みを調べた研究であり、人への応用はこれからです。この記事では、発見の要点と、暮らしに取り入れる前に区別したいことを整理します。[1]
この記事の要点
- サルコペニアでは、筋肉の量と力の両方が問題になる。
- 今回の研究は、筋肉を他の臓器との関係から考える手がかりになる。
- 動物で見つけた仕組みを、人の治療効果へ読み替えるには検証が必要である。
- 日常の対策では、身体に合った運動と食事を土台にする。
サルコペニアとは、どのような衰えか
サルコペニアは、筋肉量の減少や筋力低下が問題となる状態です。歩く、立ち上がるといった動作に影響し、転倒や生活上の不自由につながります。「見た目が細くなったか」だけでなく、「以前と同じ動作ができるか」も大切な視点です。[2]
背景には、神経、ホルモン、炎症、栄養、活動量などが関わります。一つの分子に注目する研究も、この複雑な全体のどこを説明したのか、と読む必要があります。[3]
今回の研究で、何が見えたのか
江口貴大氏らの論文は、2026年9月4日付の『Science Advances』に掲載されました。高齢マウスでは肝臓の乳酸処理能力が低下し、骨格筋に乳酸が蓄積して細胞内が酸性に傾くこと、さらにNAD+の低下を介して筋機能が損なわれる経路が示されています。NAD+は、細胞の代謝を支える補酵素です。[1]
肝臓でHIF1αという代謝調節に関わる因子を活性化する実験では、乳酸処理や筋力の改善も認められました。単に二つの変化が並んだだけでなく、肝臓側への介入から因果関係を検討した点が読みどころです。[1]
ただし、乳酸の蓄積と細胞内の酸性化は別の測定対象です。「乳酸があるから悪い」と一括りにすると、今回調べられた状態を取り違えます。また、著者らは人の乳酸測定結果が一様でないことにも触れ、人でこの経路がどれほど関わるかは今後の検証課題としています。[1]
仕組みの発見と、治療の完成はどう違うのか
研究を暮らしへつなげるには、次の三つの問いを順に考えると整理できます。
| 問い | 確かめること |
|---|---|
| 何が起きているか | 対象となる動物や人で、どの変化を測ったか |
| 変化を動かせるか | 介入によって、目的の機能が改善するか |
| 人の役に立つか | 安全性と、生活に意味のある効果を臨床試験で確認できるか |
たとえば、分子の量が変わること、脚の力が強くなること、転倒が減ることは、それぞれ異なる評価です。どこまで測った研究なのかを確認すると、「有望な治療標的」と「使える治療」を混同しにくくなります。
食品についても同じです。ある栄養素が代謝に必要であることから、それを追加すれば筋力が改善すると結論するには、間の検証が足りません。今回の仕組みを、特定のサプリメントを選ぶ理由に直結させることはできません。
いまの暮らしでは、何を土台にするか
身体に合った運動を続ける
サルコペニアへの運動では、筋肉に負荷をかけるレジスタンス運動が重要です。長寿科学振興財団の解説でも、筋力や身体機能の改善につながる方法として紹介されています。痛みや持病がある場合は、医師や理学療法士などと負荷を調整します。[4]
「乳酸」という言葉への不安から、一律に運動を避ける必要はありません。具体的な運動の種類や強さは、自分の身体の状態に合わせて考えましょう。
食事は、たんぱく質と全体の両方を見る
魚、肉、卵、大豆製品、乳製品などからたんぱく質を確保し、主食や副菜も含めて食べることが基本です。高たんぱくの一品を追加しても、食事全体が不足していれば別の課題が残ります。[5]
食べる量を増やしにくい場合は、「食べる量が減ったら、たんぱく質はどう補う?」で、小さな食事の組み替え方を紹介しています。
日常動作の変化を見過ごさない
立ち上がりや荷物を持つ動作が難しくなったときは、「年齢のせい」と済ませず、かかりつけ医へ相談するきっかけにできます。自分の筋力低下を、乳酸が原因だと自己判断する必要はありません。[2]
よくある質問
脚が細くなっていなければ、気にしなくてよいですか?
見た目だけでは判断できません。歩く、立つ、物を持つといった動作の変化も確認し、気になる衰えがあれば相談しましょう。[2]
たんぱく質を多く食べれば、それだけでよいですか?
運動と、主食や副菜を含む食事全体を合わせて考えます。治療中の病気に応じた食事の指示がある場合は、その指示に沿って調整してください。[5]
このシリーズでは、乳酸菌も扱いますか?
この第1回の主題は、身体の乳酸代謝です。乳酸菌は微生物を指す言葉で、同じものではありません。発酵食品や菌株の効果を判断するには、それぞれを対象とした研究を読む必要があります。
筋肉を、身体全体の中で考える
筋力の衰えを読むときには、筋肉の量、身体を動かす機能、食事、そして臓器同士の関係へと視野を広げられます。
新しい研究の価値は、すぐに新しい健康法ができることだけではありません。何を調べれば、身体の変化をもう少し説明できるのか。その問いが具体的になることにもあります。
次回は、乳酸をさらに掘り下げます。運動で増える乳酸と、代謝の問題に伴う蓄積を比べ、「乳酸は筋肉の敵なのか」を考えます。
参考文献・資料
- Eguchi T, et al. Impaired liver-muscle lactate metabolism causes sarcopenia via lactic acidosis in skeletal muscle in mice. Science Advances. 2026;12(36):eaeb4011. DOI:10.1126/sciadv.aeb4011(マウスを中心とする原著研究)。
- 長寿科学振興財団・健康長寿ネット:サルコペニアとは(2023年更新、一般向け解説)。
- 同:サルコペニアの原因(2023年更新)。
- 同:サルコペニアに対する運動(2023年更新)。
- 同:サルコペニアに対する栄養(2023年更新)。
