白米と必須アミノ酸|“完全食”をめざした和の智慧

🪶 概要 / TL;DR

白米は日本人の主食として長く親しまれてきましたが、たんぱく質の“質”という観点では一部の必須アミノ酸が不足します。しかし、古くから食卓に並ぶ味噌汁・魚・ごまなどの副菜は、その欠けを自然に補う“科学的に理想的な組み合わせ”でした。本稿では、白米のアミノ酸バランスを科学的に分析し、伝統食の背後にある合理性を明らかにします。


1️⃣ 白米のアミノ酸スコアを科学する

白米は炭水化物が主体ですが、たんぱく質を約6〜7%含みます。ただしこのたんぱく質には“制限アミノ酸”が存在し、とくにリシン(Lysine)が不足しがちです。このため、白米単体のアミノ酸スコア(FAO/WHO基準)は概ね65前後とされます。つまり課題は「量」よりもバランスです。

アミノ酸スコアとは?
食品中の9種類の必須アミノ酸のバランスを100点満点で評価する指数。どれか1つでも不足すると、全体の利用効率が下がる。


2️⃣ 科学で見る「組み合わせの妙」

不足分を埋めるには、異なる制限アミノ酸をもつ食材を合わせるのが効果的。これをアミノ酸補完(Complementary Protein)と呼びます。

  • リシン(Lysine)|大豆・納豆・味噌・豆腐:白米で不足するリシンを豊富に含む。大豆のアミノ酸スコアは100に近い。
  • メチオニン(Methionine)|ごま・海苔・かつお節:豆類で不足しがちなメチオニンを補強。ごまは香味と機能を両立。
  • トリプトファン(Tryptophan)|卵・牛乳・バナナ:セロトニン/メラトニンの前駆体としてメンタル面にも寄与。

🧩 結論:「白米+大豆+魚 or ごま」の組み合わせで、総合的なアミノ酸バランスは100に近づくことが知られています。

白米+豆、魚。アミノ酸補完図

3️⃣ 養生思想との接点

江戸の養生家・貝原益軒『養生訓』には、

「穀を主とし、豆を副とす。」

とあります。これは現代の「アミノ酸補完」と同じ発想。穀物でエネルギーを、豆類でアミノ酸バランスを整える── 日本の伝統食は、意識せずとも栄養学的に理想設計された“未病食”でした。

4️⃣ 現代的意義:未病を防ぐ「日常の完全食」

炭水化物中心の食生活では、隠れたたんぱく質不足が起こりがち。次のようなシンプルな組み合わせで、栄養効率は大きく向上します。

  • ごはん+味噌汁+魚
  • ごはん+納豆+ごま
  • おにぎり+卵+海苔

いずれも昔ながらの定番食ですが、最新の栄養学でも“完全食”に近い設計です。「主食×副食×香味」でアミノ酸バランスを整えることは、未病の第一歩=身体を“欠けさせない”食養生といえます。


🧬 現在の必須アミノ酸(9種類)

私たちの体を構成するたんぱく質は20種類のアミノ酸から成り、このうち体内で合成できず食事から摂る必要がある9種類必須アミノ酸と呼びます。

  • Histidine(ヒスチジン):成長期・神経伝達・ヘモグロビン合成
  • Isoleucine(イソロイシン):筋修復・エネルギー代謝・血糖調整
  • Leucine(ロイシン):筋合成促進(mTOR経路)
  • Lysine(リシン):骨・コラーゲン形成、免疫支持/白米で不足
  • Methionine(メチオニン):抗酸化・肝機能サポート(グルタチオン前駆体)
  • Phenylalanine(フェニルアラニン):ドーパミン等の前駆体
  • Threonine(スレオニン):粘膜保護・たんぱく質合成補助
  • Tryptophan(トリプトファン):セロトニン/メラトニン合成、睡眠と心の安定
  • Valine(バリン):筋維持(BCAA)・エネルギー源

🧪 補足:昔は「8種類」と習った理由

1970〜80年代の教科書ではヒスチジンが除外されていた時期がありました。主に成長期のみ必須と考えられていたためですが、その後の研究で成人でも代謝上不可欠と判明。現在は正式に9種類と定義されています。


🔬 参考(FAO/WHO/UNU 2007)

“The nine indispensable amino acids for human adults are histidine, isoleucine, leucine, lysine, methionine (plus cysteine), phenylalanine (plus tyrosine), threonine, tryptophan, and valine.”

※ 厳密には、メチオニン+システインフェニルアラニン+チロシン代替可能ペアとして扱います。


🧩 次回予告

「たんぱく質の“吸収力”を決める科学」──PDCAASとDIAASの違い、そして“未病を防ぐたんぱく質設計”を解説します。


5️⃣ 参考文献

  • FAO/WHO/UNU (2007). Protein and Amino Acid Requirements in Human Nutrition.
  • 文部科学省『日本食品標準成分表 八訂(2021)』
  • 貝原益軒『養生訓』巻之一
  • 岡村貞雄ほか (2019).「大豆たんぱく摂取と健康維持」『日本栄養・食糧学会誌』

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