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昔の人は何時間寝ていたのか|「8時間睡眠」と二度寝の通説を検証する

消えかけた灯火と寝台、夜明け前の光で昔の睡眠時間を表した概念的な室内画

電灯のない時代、人は日が沈めば床に入り、日の出まで長く眠っていた。あるいは、夜中にいったん起き、「第一の眠り」と「第二の眠り」に分けて寝ていた――。昔の睡眠には、こうした説明がよく付きまといます。

しかし、「昔」とは古代ローマでしょうか、近世イングランドでしょうか。それとも、現在も電気照明への依存が少ない地域でしょうか。この三つは、同じ集団でも同じ種類の証拠でもありません。

昔の人の平均睡眠時間を、一つの数字で答えることはできません。古代には住民を対象とした睡眠測定がなく、残るのは生活上の指針、人物の逸話、夜についての言葉などです。そこへ現代の実測研究を重ねると、「暗い夜なら長時間眠る」「誰もが二度に分けて眠る」という単純な図も成り立たないことが見えてきます。

この記事の要点

  • 古代・中世の人口全体について、現代と比較できる平均睡眠時間の統計はない。
  • 古代ローマ皇帝アウグストゥスには「七時間以下」という記述があるが、一人の伝記上の数字である。
  • 近世ヨーロッパの「第一の眠り・第二の眠り」は重要な史料群だが、どれほど一様で一般的だったかは現在も議論がある。
  • 現代の非工業化社会を測った研究では、平均睡眠時間は5.7〜7.1時間だった。ただし、その人々を古代人の代役にはできない。
  • 歴史上の眠り方が確認できても、それが現代人にとって最適な睡眠法だとは限らない。

この記事の範囲

  • 対象年代・地域:古代中国・インド・ローマ、近世イングランドを中心とする西欧、現代のタンザニア・ナミビア・ボリビアの三集団。
  • 主な史料・研究:古代医学の起居法、スエトニウス『アウグストゥス伝』、睡眠史研究、腕時計型活動量計を用いたフィールド研究。
  • 比較軸:望ましい眠り方、個人の逸話、歴史文書に現れる睡眠の区切り、機器で推定した睡眠時間。
  • 扱わない範囲:世界各地・全階層の睡眠史、乳幼児や高齢者の睡眠、病気や夜勤に伴う睡眠障害の診断と治療。

最初に分けたい「床にいた時間」と「眠った時間」

夜九時に床へ入り、朝五時に起きたとしても、八時間ずっと眠っていたとは限りません。寝つくまでの時間、夜中に目覚めていた時間を引けば、実際の睡眠は短くなります。

現代の睡眠研究でも、眠り始めから最終的に目覚めるまでの時間帯と、その中で眠っていたと推定される時間は区別されます。歴史文書に「早く寝て、遅く起きた」とあっても、それだけで睡眠時間は計算できません。

さらに、古代の文書に現れる「時」は、現在の均等な六十分と同じとは限りません。日の出・日没、季節、夜警の区分などで一日の位置を示す文章を、分単位の記録へ変換するには限界があります。

古代の養生書は、時間より「いつ眠るか」を語った

古代中国の『黄帝内経・素問』第二篇は、春夏には夜に寝て早く起き、秋には早く寝て早く起き、冬には早く寝て遅めに起きて日光を待つ、という季節別の起居を示します。睡眠を一年中同じ長さに固定せず、季節の変化の中へ置く考え方です。

ただし、これは望ましい暮らし方を説く文章です。何時に眠り、何時間で目覚めたかを住民から集めた記録ではありません。「冬は遅く起きる」という指針から、冬の平均睡眠時間を算出することはできません。古代中国の医学が季節と身体をどう結びつけたかは、「古代中国の医学」で詳しく扱っています。

古代インドの医学書にも、夜の睡眠、季節、体質、昼寝をめぐる細かな規則があります。しかし、規則が細かいことと、人口の平均値が残っていることは別です。「古代インドの一日」で見た日課も、全住民の行動を時刻別に測った調査ではありません。

「七時間以下」と書かれたローマ皇帝

古代の睡眠に、具体的な数字がまったくないわけではありません。2世紀前半の伝記作者スエトニウスは、初代ローマ皇帝アウグストゥスについて、就寝後の睡眠は長くても七時間を超えず、その間に三、四度目を覚ましたと記しています。再び眠れないときには、朗読する人や物語を語る人を呼び、眠気が戻れば日の出後まで眠ることもあったといいます。昼食後には、服や靴を着けたまま少し休んだとも記されています。〔スエトニウス『アウグストゥス伝』78節

ここには、夜の中途覚醒、朝への寝越し、日中の休息が同じ人物の一日に並びます。現代的な「夜に連続して何時間」という一列の数字だけでは表しにくい眠りです。

もっとも、これは皇帝一人の人物像を描いた伝記です。腕時計型活動量計で測った記録でも、ローマ市民から無作為に集めた平均でもありません。著者はアウグストゥスの生活や性格を伝えるために逸話を選んでいます。「ローマ人は七時間睡眠だった」と一般化することはできません。

昔の人は、夜中に一度起きていたのか

「昔は二度に分けて眠った」という説を広く知らしめたのが、歴史家A・ロジャー・エカーチです。2001年の論文は、近世のイギリス諸島を中心とする文献に現れる「first sleep」と「second sleep」などの表現を集めました。夜中の覚醒中に、祈る、考える、会話する、用を足すといった行為も論じています。〔Ekirch, “Sleep We Have Lost”

この研究が示した重要な点は、連続した一回の睡眠だけを人類に不変の形と思い込めないことです。一方で、史料に「第一」「第二」と書かれていることから、地域や階層を越えて大多数が毎晩同じ形で眠ったと直ちに決めることもできません。

2023年、Niall Boyceは近世イングランドの文献を再検討し、睡眠を指す言葉には複数の読み方があり、分割睡眠は一部で行われたとしても唯一の、あるいは必ずしも支配的な型とは限らないと論じました。〔Boyce, “Have we lost sleep?”

エカーチは2024年に反論し、その後に増えた史料を踏まえれば、産業化以前の西欧では分割睡眠が優勢だったという見解を改めて示しています。〔Ekirch, “Reflections on ‘Have we lost sleep?’”

したがって、史料中に分割睡眠の表現があること自体を消す必要はありません。ただし、近世西欧をめぐる歴史学上の議論を、「古代の社会では二度寝が普遍的だった」という世界共通の事実へ広げないことが大切です。

長い暗闇は、眠りを二つに分けるのか

分割睡眠が生理的に起こりうることを示した研究として、Thomas Wehrの1992年の実験がよく引用されます。短い明期と長い暗期に人を置くと、睡眠が二つのまとまりに分かれ、その間に覚醒が現れました。〔Wehr, “In short photoperiods, human sleep is biphasic”

この実験は、人間の睡眠が環境条件によって分かれうることを示します。しかし、実験室で長い暗期を設けた結果は、近世の文献に登場する人々が毎晩どう眠ったかを直接測ったものではありません。「起こりうる」と「歴史上の標準だった」は、異なる主張です。

電気の少ない暮らしなら、長く眠るとは限らない

過去そのものは測れません。そこで参考になるのが、電気照明や空調への依存が少ない現在の社会で睡眠を測った研究です。

2015年の研究は、タンザニアのハッザ、ナミビアのサン、ボリビアのチマネを対象に、腕時計型活動量計などで睡眠を調べました。三集団の睡眠時間は平均5.7〜7.1時間、眠り始めから最終的に目覚めるまでの睡眠期間は6.9〜8.5時間でした。就寝は平均して日没の約3.3時間後で、長い夜間覚醒は規則的には見られませんでした。冬は夏よりおよそ一時間長い傾向も報告されています。〔Yetish et al., “Natural Sleep and Its Seasonal Variations in Three Pre-industrial Societies”

この結果は、「電灯がなければ日没と同時に眠り、夜明けまで十時間近く眠る」という想像に反します。また、分割睡眠が人間に一つだけの自然な型だという説明とも一致しません。

ただし、研究参加者は古代人ではなく、現在を生きるそれぞれ固有の社会の人々です。気候、住居、食料獲得、育児、共同生活、安全、研究対象となった年齢構成も、過去の都市や農村とは異なります。この5.7〜7.1時間を「昔の人の睡眠時間」と置き換えることはできません。

証拠を並べると、何が分かるか

資料・事例確かめられることそこからは決められないこと
古代中国・インドの養生書季節や状態に応じた望ましい起居・睡眠住民全体の実際の平均睡眠時間
アウグストゥスの伝記七時間以下、中途覚醒、昼の休息という個人の逸話古代ローマ人一般の睡眠
近世西欧の文献第一・第二の眠りなど、分割睡眠を示す表現全地域・全階層での毎晩の割合
長い暗期を用いた実験条件によって二相性の睡眠が現れうることその形が過去の普遍的な習慣だったこと
現代の三つの非工業化社会対象者における5.7〜7.1時間の実測値と季節差古代・中世の人々の平均値

史料と実測研究は、互いの空白を自動的に埋めるものではありません。それぞれが答えられる問いを保ったまま並べると、昔の眠りには長さだけでなく、季節、夜中の覚醒、昼の休息、社会的条件という複数の軸があったことが分かります。

史料を読むときの注意

  • 養生書に書かれた規範は、住民が実際に守った生活時間とは限らない。
  • 伝記に残る一人の睡眠を、同時代の人口平均へ広げない。
  • 「第一の眠り」などの語は重要な証拠だが、語の存在だけで実践の頻度や範囲までは決まらない。
  • 現代の機器による実測値は測定方法が明確でも、過去の社会を直接測った値ではない。

また、睡眠について書かれやすかった人と、記録がほとんど残らない人がいます。皇帝や読み書きのできる層の夜は、農作業、育児、看護、警備、航海、奴隷労働に従事した人々の夜を代表しません。残った文章の詳しさを、そのまま社会全体の代表性とみなさないことが必要です。

「昔をまねればよく眠れる」とは限らない

夜中に目が覚めることが歴史上もあったと知れば、覚醒そのものへの不安が和らぐ人はいるかもしれません。しかし、歴史記事だけで、分割睡眠が個人の不眠への治療になるとは判断できません。無理に夜中の覚醒を作ったり、総睡眠時間を削ったりする根拠にもなりません。

現在の成人について、米国睡眠医学会とSleep Research Societyの合意声明は、健康を保つため規則的に一晩七時間以上眠ることを勧めています。これは古代の習慣を根拠にした数字ではなく、現代の健康アウトカムに関する研究を評価した勧告です。〔成人の推奨睡眠時間に関する合意声明

必要な睡眠は年齢や個人の状態でも変わります。強い日中の眠気、睡眠中の呼吸停止を指摘される、眠れない状態が続いて生活に支障がある場合は、昔の睡眠法を試すより医療機関へ相談する方が適切です。

よくある質問

昔の人は、日没から日の出まで眠っていたのですか?

一律にはいえません。現代の三つの非工業化社会を調べた研究では、就寝は平均して日没の約3.3時間後でした。古代の文書に早寝の指針があっても、住民全体が日没と同時に眠った証拠にはなりません。

昔の人の平均睡眠時間は、結局何時間ですか?

古代・中世・近世をまとめた信頼できる平均値はありません。アウグストゥスの七時間以下は個人の伝記、5.7〜7.1時間は現代の三集団の実測値です。どちらも「昔の人全体」の平均にはできません。

昔は「第一の眠り」と「第二の眠り」が普通だったのですか?

近世西欧を中心に、その表現と実践を示す史料があります。一方、どれほど一様で支配的な習慣だったかには研究者間の議論があります。古代を含む世界の諸社会に共通したとまでは確認できません。

八時間睡眠は、産業革命後に作られたのでしょうか?

そう単純にはいえません。労働、照明、時計、都市生活は睡眠の時刻や捉え方を変えましたが、すべての人が以前は別の一定時間を眠り、ある時点から一斉に八時間へ変わったわけではありません。現代の推奨も「全員が必ず八時間」ではなく、年齢や状態を考慮します。

夜中に目が覚めたら、昔と同じなので心配ありませんか?

歴史上の中途覚醒が確認できることと、現在の症状に問題がないことは別です。短い覚醒は起こりえますが、長く続く、日中に支障がある、呼吸の異常を伴う場合などは医療機関へ相談してください。

まとめ

昔の人は何時間寝ていたのか。正確な答えは、時代・地域・身分を越えた平均値は分からない、です。

それでも、分からないだけで終わりではありません。古代の養生書は眠りを季節の中に置き、ローマ皇帝の伝記は七時間以下の途切れる眠りを記し、近世の文献は二つの眠りを伝えます。現代のフィールド研究は、電灯の少ない暮らしが必ず長時間睡眠や分割睡眠になるわけではないと示しました。

昔の眠りから学べるのは、唯一の正しい数字ではありません。人の睡眠は、光だけでなく、季節、気温、仕事、住まい、共同生活によって形を変えてきた。その幅を知ることが、歴史を現在の睡眠法へ急いで作り替えないための手がかりになります。

参考文献・資料

一次史料・翻訳

  • Suetonius, The Life of Augustus, 78. J. C. Rolfe英訳、Loeb Classical Library(1913)、LacusCurtius公開。アウグストゥスの睡眠と昼の休息。伝記が成立したのは本人の死後であり、個人の生活を描く逸話として用いた。

睡眠史研究と論争

  • A. Roger Ekirch, “Sleep We Have Lost: Pre-industrial Slumber in the British Isles,” The American Historical Review, 106(2), 2001, pp.343–386. DOI: 10.1086/ahr/106.2.343。論文情報
  • Niall Boyce, “Have we lost sleep? A reconsideration of segmented sleep in early modern England,” Medical History, 67(2), 2023, pp.91–108. DOI: 10.1017/mdh.2023.14。全文
  • A. Roger Ekirch, “Reflections on ‘Have we lost sleep?’,” Medical History, 68(3), 2024, pp.254–262. DOI: 10.1017/mdh.2024.20。書誌・抄録。Boyce論文への反論として参照した。

実験・フィールド研究

  • Thomas A. Wehr, “In short photoperiods, human sleep is biphasic,” Journal of Sleep Research, 1(2), 1992, pp.103–107. DOI: 10.1111/j.1365-2869.1992.tb00019.x。PubMed書誌。長い暗期で二相性睡眠が現れうることの根拠として用い、歴史人口の測定値とは扱っていない。
  • Gandhi Yetish et al., “Natural Sleep and Its Seasonal Variations in Three Pre-industrial Societies,” Current Biology, 25(21), 2015, pp.2862–2868. DOI: 10.1016/j.cub.2015.09.046。全文。対象は現代の三集団であり、古代人の代理データとはしていない。

現代の睡眠時間に関する合意声明

  • Nathaniel F. Watson et al., “Recommended Amount of Sleep for a Healthy Adult: A Joint Consensus Recommendation of the American Academy of Sleep Medicine and Sleep Research Society,” Sleep, 38(6), 2015, pp.843–844. DOI: 10.5665/sleep.4716。書誌・抄録

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