夜明けとともに町が動きはじめる。朝の面会、法廷、店や工房の仕事。昼には軽く食べ、休める者は休む。午後には運動や浴場へ向かい、日が傾けば夕食が始まる。
これは、帝政期の詩人マルティアリスが短い詩のなかに描いた、ローマの一日の骨格です。しかし、この時間割をそのまま「ローマ人みんなの暮らし」と考えることはできません。詩に見えるのは、都市に暮らす自由身分の男性、とりわけ人脈や余暇を持つ層の一日だからです。
では、庶民、職人、女性、奴隷にされた人々を含め、古代ローマの都市生活はどのようなリズムで進んだのでしょうか。今回は帝政初期、おおむね紀元1世紀末から2世紀初めの都市ローマを中心に、食事・仕事・浴場・眠りをたどります。
この記事の要点
- ローマの昼間は日の出から日没までを12分割したため、「一時間」の長さは季節で変わった。
- 朝の面会、午前の仕事、昼の休息、午後の運動と浴場、夕食という流れは史料に見えるが、全住民に共通する時間割ではない。
- 朝食・昼食・夕食を示す言葉はあっても、誰もが毎日きっちり三食を取ったとはいえない。
- 浴場は身体を洗うだけの場所ではなかったが、すべての人が同じ頻度・同じ条件で利用したわけではない。
- 古代医学は食事、運動、入浴、睡眠の順序を重視した。ただし医学書の理想と実際の生活は分けて考える必要がある。
この記事の範囲
- 対象年代:主に帝政初期、紀元1世紀末から2世紀初め
- 地域:都市ローマを中心に、ポンペイやオスティアの都市史・考古資料も参照
- 主な史料:マルティアリスなどの文学作品、ケルススの医学書、住居・店舗・浴場の考古資料
- 登場する人々:自由市民、被解放者、職人、商人、女性、奴隷にされた人々、富裕層
- 扱わない範囲:農村、軍営、帝国全域の地域差、後期ローマの生活を一つの型にまとめること
史料を読むときの注意
古代の生活を記した文章は、読み書きのできる男性の視点に偏ります。文学作品には誇張や風刺もあります。したがって以下の時間割は、全住民の平均的な一日ではなく、複数の史料を重ねて見える都市のリズムです。
ローマの「一時間」は、季節で長さが変わった
古代ローマの昼間は、日の出から日没までを12の時間帯に分けて数えました。昼が長い夏には一時間も長く、昼が短い冬には短くなります。第六時はおおむね昼の中央ですが、第九時をいつも現代の午後3時と置き換えることはできません。
日時計や水時計はありましたが、町の人が全員、分単位で同じ時計を見ていたわけでもありません。夜明け、正午、日没、浴場が開くころ、仕事を終えるころといった社会的な合図も、一日の位置を知らせました。
そのため本記事では、現代の時刻を無理に当てはめず、「第何時」と「朝・昼・午後・夕方」を併記します。
史料から見える、都市ローマの一日
マルティアリス『エピグラム』4巻8番では、第1・第2時に朝の訪問者、第3時に法廷の弁論、第5時までさまざまな仕事、第6時に休息、第8・第9時に運動場、そして食卓へ、という順序が示されます。機知を凝らした詩であり生活調査ではありませんが、当時の読者に通じる時間感覚が前提になっています。
| 太陽による目安 | 史料から見える活動 | 注意したいこと |
|---|---|---|
| 夜明け〜第2時 | 起床、身支度、家事、開店準備、朝の面会 | 富裕者の家を訪れる「朝の面会」は、主に男性の庇護関係を映す |
| 第3〜第5時 | 法廷、行政、商売、工房、運搬、買い物 | 休める時刻は職業・身分・季節で異なる |
| 第6〜第7時 | 軽い食事、休息、午前の公的活動の区切り | 全員が仕事をやめたわけではない |
| 第8〜第9時ごろ | 運動、浴場、社交、夕食の準備 | 浴場へ行ける時間と頻度には格差がある |
| 第9時以後〜日没後 | 主な食事、団らん、宴会、片づけ、就寝 | 豪華な宴会は一部の富裕層の姿 |
| 夜 | 睡眠、警備、運搬、家事や接客の継続 | 町全体が静かに眠ったわけではない |
夜明け――家の主人が起きる前から、一日は始まっていた
人工照明には油が必要だったため、日光を使える時間は貴重でした。店や工房、建設、運搬に携わる人々にとって、早い始動には実際的な意味があります。通りに面した店舗兼住居では、戸を開けることが仕事始めになったでしょう。
ただし、「家の主人が夜明けに起きた」ことと、「家の全員が同時に起きた」ことは同じではありません。水を運び、火を整え、衣服や食事を用意する家事労働は、主人の身支度より前から必要です。富裕な家では、その多くを奴隷にされた人々が担いました。余暇のある一日は、別の誰かの早朝労働に支えられていたのです。
朝に何かを食べる場合は、パン、チーズ、オリーブ、果物など、手近なものが考えられます。朝食を表す ientaculum という語はありますが、献立や習慣は一定ではありません。食べずに出る人、途中で口にする人もいたでしょう。
朝――「朝の面会」は、ローマ社会の人間関係を動かした
都市ローマの朝を象徴する習慣が、salutatio と呼ばれる面会です。庇護を求める人々が有力者の家を訪れ、挨拶し、依頼や支援、人脈を確かめました。場合によっては食料や金銭にあたる給付を受け、その後に有力者へ付き従うこともありました。
ただし、これは「ローマ人は全員、毎朝パトロンへ挨拶した」という意味ではありません。文学作品が好んで描く、都市の男性中心の社会関係です。現代語の「顧客」と同じ取引だけでもなく、法的・政治的・社会的な庇護関係が重なっていました。
同じころ、フォルム周辺では法廷や行政の活動が始まり、商人は品物を並べ、職人は工房で働きました。パン屋、食料販売、布や金属の加工、建設、運搬など、都市を維持する仕事は多岐にわたります。庶民の朝を特徴づけたのは、有力者宅での挨拶よりも、こうした生計の仕事だった人も多かったはずです。
昼――軽く食べて休んだのか
マルティアリスの詩では、第5時まで仕事が続き、第6時が疲れた者の休息、第7時が区切りとされます。しかし、これは都市のすべての労働が正午に停止した証拠ではありません。仕事の種類、雇用関係、季節、客の動きによって一日の長さは違いました。
昼の軽い食事には prandium という語が使われます。パン、チーズ、果物、残り物など、調理の手間が少ないものを取る場合がありました。ただし、古代の食事名は現代の「朝食・昼食・夕食」と一対一で対応しません。主な食事を何回取ったかと、途中で何かを口にした回数も別です。
この点は、「昔の人は本当に1日2食だったのか」でも詳しく扱っています。ローマについても「二食制」「三食制」と一語で決めるより、誰が、どの場面で、どの程度食べたかを見るほうが実態に近づきます。
午後――運動してから、浴場へ
午後のローマを印象づけるのが浴場です。大規模な公共浴場だけでなく、規模の異なる浴場施設が都市生活に組み込まれていました。入浴前に球技や身体運動を行い、油を塗り、肌の汚れをストリギルと呼ばれる器具でかき落とし、温度の異なる部屋を使うこともありました。
浴場は、現代の浴室そのものではありません。身体を洗う場であると同時に、運動、休息、会話、人探し、自己表現の場でもありました。古代ローマの医学と都市施設の関係は、「古代ローマ医学|ギリシャの知識は、都市と軍隊でどう変わったか」でも紹介しています。
とはいえ、「ローマ人は全員、毎日公衆浴場へ行った」とまではいえません。利用料が低い場合でも、時間、距離、労働、性別による利用時間の違い、主人の許可、地域の施設事情が関わります。浴場文化が広く浸透していたことと、全住民の利用習慣が同じだったことは別です。
夕方――一日の中心となる食事
cena は、一日の主な食事を指すことが多い言葉です。パンや穀物料理、豆類、野菜、オリーブ、魚や肉、果物など、内容は所得と入手環境によって大きく違いました。集合住宅で火を扱いにくい住民なら、調理済みの食べ物や飲み物を売る店も生活を支えました。
文学や壁画に残る、寝台に横たわって何皿もの料理とワインを楽しむ宴会は魅力的です。しかし、それはローマの日常食の代表写真ではありません。招待客を迎える宴会には、地位を示し、人間関係を整える政治的な面もありました。一方、多くの家庭にとって夕食は、もっと簡素で、仕事と家計に左右されるものでした。
しかも、主人や客が食卓に着いたあとも、給仕、調理、片づけを担う人々の仕事は続きます。同じ家のなかでも、一日の「終わり」は同時ではありませんでした。
夜――日没したら、町は眠ったのか
夜の照明には油灯や松明が使われました。費用や火災の危険を考えれば、現代都市のように夜更けまで明るく過ごせる人は限られます。それでも、宴会、警備、宿や飲食店の仕事、家事、荷物の運搬などは夜にも続きました。
風刺詩人ユウェナリスは、夜のローマを車輪や往来の騒音で眠りにくい町として描きます。これは都市の夜について考える重要な手がかりですが、怒りと誇張を武器にする風刺詩です。古代ローマ人の平均睡眠時間を測った統計ではありません。
したがって、「日没から日の出まで八時間眠った」「夜中に必ず一度起きた」と一律には決められません。季節、住居の混雑、騒音、労働、育児、病気、照明の余裕によって眠りは変わったと考えるのが妥当です。
食事・運動・入浴・睡眠――一日は医学の単位でもあった
古代ギリシャ・ローマの医学では、健康は薬だけで守るものではありませんでした。食事と飲み物、運動、入浴、睡眠と覚醒、排泄、季節や環境などを調整する「生活の組み立て」が重視されました。この背景は「古代ギリシャ医学|病を自然現象として見るまで」にもつながります。
ローマの医学著述家ケルススは『医学について』第1巻で、健康な人の生活、運動、食事、入浴、休息を論じています。重要なのは、それぞれを単独の健康法としてではなく、体質、季節、疲労、食事との前後関係のなかで扱っている点です。
ただし、医学書に「望ましい」と書かれた順序は、一般住民の日記ではありません。運動してから入浴し、適切な量を食べ、十分に休むという助言を知っていても、長時間働く人や他者の世話をする人には選べないことがあります。養生の理想を読むときには、それを実行できる時間と資源を誰が持っていたかも問う必要があります。
女性、奴隷、職人――「もう一つの一日」は一つではない
古代ローマの一日を語る文章には、男性の公的活動が多く登場します。しかし女性も、家事や育児だけでなく、市場、店、工房、宿、織物生産、宗教活動などに関わりました。富裕な家の女主人と、店で働く女性、奴隷にされた女性の時間を同じものにはできません。
奴隷にされた人々も、家内労働、教育、会計、調理、給仕、建設、農業など、配置された仕事によって生活が異なります。ただし共通して重要なのは、自分の時間を決める自由が制約されていたことです。主人の余暇、入浴、宴会、就寝を整えるために、別の人の労働が延びました。
そのため、古代ローマの一日を一枚の時間割にするとき、もっとも見えにくくなるのは身分差です。マルティアリスの詩は都市のリズムを鮮やかに示しますが、それは入口であって、住民全体の生活表ではありません。
よくある質問
ローマ人は何時に起きていましたか?
夜明け前後に活動を始める例は多く考えられますが、現代の時計で一律に「午前6時」とはいえません。日の出は季節で変わり、職業、身分、家内での役割によって起床の時刻も異なりました。
ローマ人は毎朝、朝食を食べましたか?
ientaculum という朝の食事を示す語はあります。しかし全員が毎日同じ時刻に食べた証拠ではありません。軽く食べる、途中で口にする、主な食事まで食べないなど、習慣には幅がありました。
午後になると、全員が浴場へ行きましたか?
浴場は都市生活の重要な施設で、午後の運動や社交と結びつきました。ただし利用頻度や時間は、仕事、性別、身分、距離、費用、地域によって異なります。「全員が毎日」とは断定できません。
正午には、みんな仕事を終えたのですか?
文学作品には第6時の休息や、その後の仕事の区切りが描かれますが、都市の全労働者に共通する終業規則ではありません。商売、運搬、家事、給仕などは午後や夜にも続きました。
古代ローマ人は何時間眠っていましたか?
平均睡眠時間を示す統計はありません。日照、季節、油灯の費用、住居、騒音、仕事、家族構成によって異なったはずです。「昔の人は日没とともに寝て、夜明けまで熟睡した」と単純化することはできません。
まとめ|ローマの一日は、時計よりも太陽と身分で動いた
古代ローマの都市には、夜明けの始動、朝の面会と仕事、昼の区切り、午後の運動と浴場、夕食という、大まかな社会のリズムがありました。しかし、その流れに乗れる人と、支えるために働き続ける人がいました。
食事の回数も、入浴の頻度も、眠りの長さも一律ではありません。文学作品が残した整った時間割を、考古資料や労働・身分・ジェンダーの視点で読み直すと、古代ローマの一日は「ローマ人の習慣」ではなく、異なる時間を生きる人々が交差する都市の一日として見えてきます。
参考文献・史料
一日の時系列を復元するための一次史料
- Martial, Epigrams, 4.8, translated by D. R. Shackleton Bailey, Loeb Classical Library, Harvard University Press, 1993.
- Celsus, De Medicina, Book 1, translated by W. G. Spencer, Loeb Classical Library, Harvard University Press, 1935.
- Juvenal, Satires, 3, translated by Susanna Morton Braund, Loeb Classical Library, Harvard University Press, 2004.
- Suetonius, Augustus, 76, translated by J. C. Rolfe, Loeb Classical Library, Harvard University Press, 1914.
時間・都市生活・労働を解釈する研究書
- James Ker, The Ordered Day: Quotidian Time and Forms of Life in Ancient Rome, Johns Hopkins University Press, 2023.
- Gregory S. Aldrete, Daily Life in the Roman City: Rome, Pompeii, and Ostia, Greenwood Press, 2004.
- Fikret K. Yegül, Baths and Bathing in Classical Antiquity, MIT Press, 1992.
- Peter Garnsey, Food and Society in Classical Antiquity, Cambridge University Press, 1999.
- Claire Holleran, Shopping in Ancient Rome: The Retail Trade in the Late Republic and the Principate, Oxford University Press, 2012.
- Andrew Wallace-Hadrill, Houses and Society in Pompeii and Herculaneum, Princeton University Press, 1994.
- Sandra R. Joshel and Lauren Hackworth Petersen, The Material Life of Roman Slaves, Cambridge University Press, 2014.
本文照合に用いたオンライン史料
- LacusCurtius: Celsus, De Medicina
- LacusCurtius: Suetonius, Augustus 76
- Perseus/Scaife ATLAS: Martial 4.8を含む用例
